社会人博士課程体験記

2024/9/24付で京都大学大学院 情報学研究科より博士(情報学)の学位を授与していただきました!この記事はその振り返りです!

この記事がこれから社会人として博士課程に進学しようと考えている方の一助になれば嬉しいです!

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簡単なまとめ

受け入れ先:京都大学大学院 情報学研究科 知能情報学専攻 阿久津研究室(専門:バイオインフォマティクス)

研究指導:主にZoomでの面談およびメール

セミナーなどの参加:月1回程度

博士号の必要要件:査読付き論文2報(指導教員との共著を1報以上含む)

費用:240万円程度(ほぼ全額会社負担)(入試検定料、入学料、授業料、論文投稿料、英文校正、博論製本などの総額)

 

卒業までの道のり

博士課程入学までの私の経歴は以下です。東京大学薬学部→東京大学大学院薬学系研究科(修士)→就職 (製薬企業 研究職)

就職後に業務でバイオインフォマティクスや機械学習関連業務に携わったのをきっかけに、この分野についてより深く学びたいと思って社会人博士課程への進学を決意しました。進学したのは社会人4年目の秋でした。

簡単な時系列は以下です!

2021年4月 阿久津先生にコンタクトを取る

2021年10月 博士課程入学

2023年6月 1報目の論文がアクセプト

2023年8月 博士中間発表

2023年10月 2報目アクセプト

2023年11月 博士論文作成開始

2024年5月 博士論文予備審査

2024年7月 博士論文本審査

2024年9月 博士号(情報学)授与

 

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入学準備(受け入れ先の研究室探し)

受け入れ先の研究室探しが社会人博士課程で最も重要と言っても過言ではないかと思います。

私も入学前に社会人博士課程を終えられた方にお話伺ったりブログなどをたくさん拝見しましたが、みなさん口を揃えて研究室選びが1番大事だとおっしゃっていました。

実際、成否の半分程度はここで決まるような気がします。

 

情報収集は職場の先輩方へのインタビューやネット上のブログなどで行いました。私は以下の条件で研究室探しをしました。

 

  • 関西圏にあること
  • バイオインフォマティクスか機械学習をご専門にされていること
  • 社会人博士を指導したご経験がある先生であること
  • 仕事で行っている研究内容を論文に出来ること

 

場所と専門については社会人博士課程でなくても変わらないと思いますが、三つ目の「社会人博士を指導したご経験があること」はとても重要だと思いました。基本的には平日は仕事をしながら研究を行うことになるので、通常の課程博士と同等のコミットを求められる(毎日研究室に来るなど)と博士号取得の可能性ががくんと下がると思います。ですので仕事と研究のバランスにある程度理解のある先生を探しました。その指標として、「社会人博士を指導したご経験がある先生」を探しました。

 

四つ目の「仕事で行っている研究内容を論文に出来ること」も個人的には非常に重要でした。「仕事を頑張れば博士号取得に近づく」という状況を作るためです。仮に仕事と全く別の研究をすることになると、仕事と研究で別に時間を取り、別の方向に努力する必要があります。これは期限内に博士号を取得できる可能性を下げると考えました。

上記の条件で受け入れ先の研究室の候補を複数ピックアップしました。

 

研究室の候補を見つけた段階でチェックしたのは以下です。

  • 出版された論文 (研究テーマの傾向の把握のため)
  • 卒業生の博士論文 (博士号の要件や要求される論文のクオリティの確認のため)
  • (可能なら) 先生と研究室の評判

 

1つ目の「出版された論文」をチェックするのは自分のやりたい研究の方向性と合致しているかを確認するためで、研究室を探される方なら当たり前にチェックされるかと思います。

 

二つ目の「卒業生の博士論文」については社会人博士を取られた職場の先輩から絶対確認した方がいいよとアドバイスいただいたもので、目からウロコでした。なぜならここから自分の目指すべきゴールの形がわかるからです。例えば、博士号に何報の論文が必要かなどの要件は教授に直接コンタクトを取って確認しないと正確には分かりませんが、博士論文のPublication listからある程度推測できます。

 

三つ目の「先生と研究室の評判」は可能ならぜひ確認しておきたいです。でもその研究室の出身者が近くにいるなんていうラッキーな状況はほとんどないと思うので「可能なら」としています。現実的な範囲だと、「その研究室と同じ大学で同じ学部の方」がいらっしゃれば評判を聞いてみるといいかと思います。アカハラがあったりすると同じ学部内で噂になっていたりします。

上記の条件でご指導いただける先生を探した結果、京都大学大学院 情報学研究科の阿久津先生にコンタクトを取りました。

 

まずメールで阿久津先生にご連絡し、Zoomで面談するお約束をさせていただきました。そのZoomでの面談で現在取り組んでおられる研究テーマについて丁寧にご説明いただき、入試を受けることに決めました。

 

先生に直接コンタクトを取って確認させていただいたことは以下です。

  • 博士号の必要要件 (論文は何報必要か?インパクトファクター〇〇以上などの条件はあるか?)
  • 登校頻度 (セミナーなどへの参加はどれくらい必要か?)
  • 仕事で行っている研究内容を論文にすることは可能か?

 

間違いなく最重要なのが博士号の要件です。これは本当に先生に依存するので絶対に確認します。分野によって全く異なると思いますが、機械学習やバイオインフォマティクス分野だと「査読付き論文3報(インパクトファクターの条件なし)」や「査読付き論文1報(インパクトファクター〇〇以上)」あたりが自分が聞いた範囲だと多いように思います。

 

既に論文を何報か持っている方にとっても重要になるのが二つ目の「登校頻度」です。ご家庭のある方、特にお子さんがいらっしゃる方にとっては最重要と言ってもいいかもしれません。ご自身が無理なく通える頻度で済むのかどうかについて確認しましょう。

 

逆に先生からもいくつかご質問をしていただきました。

  • 会社での研究内容
  • プログラミングはどの程度経験があるのか?
  • 英語力はどの程度か?
  • その他軽い世間話など

 

当たり前ですが、入学前の面談は学生側からの確認だけではなく、先生側が「この学生は受け入れるに値するか」を確認する場でもあります。しっかり自己PRして熱意を伝えるのがいいと思います。

 

この面談ののち、受け入れにご承諾いただいて、入試を受ける許可をいただきました。

 

この面談を通して、私は阿久津研を志望することに決めました。個人的に1番の決め手になったのは先生のお優しい雰囲気でした。全く高圧的ではなく、ご自身の研究分野について丁寧にご説明していただけた上に、私自身のことについても興味を持って真剣に聞いていただけました。この1時間程度の面談だけでも、「ぜひご指導いただきたい」と感じました。

 

入学試験準備

先生から研究室への受け入れにご承諾いただき、入試を受ける許可をいただけた後は入試の準備です。これに受からないと何も始まりません。

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書類準備

募集要項に従って準備を進めていきます。

入学願書、成績証明書、修士論文などを提出する必要があります。入学願書などは募集要項を参考に記入すれば良いとして、時間をかけて準備が必要だったのは以下です。

  • 研究実績調書(在職中に行った研究実績についてまとめる)
  • 研究計画書(博士課程での研究計画をまとめる)

私の場合は社会人特別選抜という形式で入試を受けたので上記に加えて推薦書(所属機関の長が作成する)が追加で必要になりました。

 

 

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入試対策

私の受験した入試の内容は大きく以下です。専門科目が科される場合もありますが、私の専攻だとありませんでした。

  • 小論文
  • 口頭諮問
  • 英語(今回はTOEIC)

 

小論文

小論文の対策をするにあたってまず初めにやったのは、現役で志望研究室に所属されている学生の方にメールをお送りし、過去の出題についてお伺いすることでした。コンタクトさせていただいた学生の皆さんはご自身のときの入試について丁寧に説明してくださいました。

ここで入試問題の内容を書くのは適切ではないと思いますので、問題の傾向だけ述べます。私の志望研究室は博士号の必要要件が査読付き論文2報だったので、それを達成するための能力を測るために「志望する研究分野の概要」と「その研究分野における課題の解決方法」についてそれぞれ二つずつ論述する問題が出ているように思いました。

 

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口頭諮問

口頭諮問は15分間程度でこれまでの研究成果と博士課程での研究計画をプレゼンします。特に研究計画については指導教員の先生とよく練っておく必要があります。

プレゼンテーションの後は質疑応答があります。正直プレゼンテーションのクオリティについてはこの時点でそれほど問われないと思いますが、質疑への対応力については厳しく見られていると思います。想定問答集は絶対に作っていくことをお勧めします。

質問された内容から推測するに、試されるのは「志望する研究分野の概要を調査しているか?」、「研究テーマに対して用いようとしている手法は妥当か?」、「手法の評価方法は妥当か?」、「具体的にいつまでにその研究を論文にまとめる計画を立てているか?」あたりだと思います。

特に「具体的にいつまでにその研究を論文にまとめる計画を立てているか?」については1枚スライドを作成してしっかり説明するのがいいかと思います。プレゼン中に説明が無ければ間違いなく質疑で聞かれます。

 

英語(今回はTOEIC)

TOEIC, TOEFL, IELTSのどれかのスコアを提出する必要があります。

私が提出したのはTOEICでスコアは935でした。入試前の面談で英語力について先生に質問された際には、「それだけあれば十分である」とおっしゃっていただきました。どれくらいがボーダーかは不明です。

 

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入学後(1報目アクセプトまで)

入学してからは月に1回程度オンラインでセミナーに参加しながら研究を続けます。

最初の1年間は思うように成果が出なかったですが、博士課程1年目の終わり頃にベンチマークデータセットで良い結果が出て論文化する目処が立ちました。

1報目は会社での業務内容を論文化するものだったので、社内で稟議を通して外部発表する許可をいただきました。会社によるとは思いますが、私の勤め先は論文を積極的に出そうという文化だったため、この手続きはあまり面倒ではなかったです。

社内で同僚の方にレビューしてもらい、阿久津先生にレビューしてもらい、英文校正を経てからsubmitしました。

論文をアクセプトしてもらうまでにmajor revision (大幅な修正)を一度経ました。この時のレビュアーの方のコメントが非常に参考になりました。内容は「1つのベンチマークデータセットだけでなく、複数のベンチマークデータセットを使用して評価する必要がある」というものでした。期限が1ヶ月程度だったのでめちゃくちゃ急いで対応しました。2020年以前の論文だとベンチマーク1個だけの結果を使っているのが多かった印象なのですが、最近(2022年以降)だとベンチマーク2つ以上が当たり前になっているようです。

オープンアクセスジャーナルだったので投稿料 は日本円で30万円程度でした。これは会社で負担していただけたのでとてもありがたかったです。

 

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2報目アクセプトまで

こちらは私と阿久津先生だけで行った研究を論文化したものです。

実はこっちの方が最初にsubmitしたのは早かったです。2022年の年末ごろにsubmitして、レビューを経てアクセプトされたのは結局2023年の10月でした。

2022年12月 submit

2023年6月 major revisionで返ってくる

2023年7月 姉妹誌にtransfer

2023年8月 minor revisionで返ってくる

2023年9月 改めてsubmit

2023年10月 accept

こちらもmajor revisionで、1報目とほぼ同じ時期に返ってきたので対応はめちゃくちゃ大変でした。修正後に姉妹誌にtransferされた後はminor revisionで返ってきました。minor revisionとは名ばかりの相当な修正量でしたがなんとか対応してアクセプトしていただきました。

この研究はテーマの考案から実装、検証、論文の執筆までほぼ自分でやったものだったので、アクセプトされた時は本当に嬉しかったです。アクセプトされた時のレビュアーの方から頂いたコメントがとても嬉しくて、今でも印象に残っています。

 

こちらもオープンアクセスジャーナルだったので投稿料は約40万円でした。こちらも会社で負担していただけたので本当に感謝しています。

博士中間発表

1報目がアクセプトされ、2報目を投稿中に博士中間発表をしました。

中間発表は研究の進捗具合を他の研究室の先生方に確認していただく場です。普段、所属している研究室の方とは違った視点からご意見をいただけてとても勉強になりました。

アクセプトされていた1報目の内容と投稿中の2報目の内容を半々で発表しました。研究自体の意義、創薬の現場での活用に関する質問のほかにも手法の具体的な改善方法についてもコメントいただけて大変勉強になりました。

先生曰く、予備審査とは違ってこの中間発表でいただいたコメントに対応する必要があるわけではないとのことでした。しかしここでいただいたコメントは博士論文に大きな影響がありました。

 

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博士論文執筆開始

2報目がアクセプトになって、博士号の要件が満たせたので博士論文の執筆を始めました。

博士論文の規定は大学によって異なると思いますが、私の場合は英文で、目安としてシングルスペースで100ページ以上とのことでした。

 

私の博士論文の構成は以下です。

1章 Introduction

2章 Preliminary

3章 1報目の内容

4章 2報目の内容

5章 Conclusion

結果的に合計で135ページ程度になりました。

3章 (1報目の内容) と4章 (2報目の内容) についてはほぼ論文の内容そのままなのでいいとして、

新規に執筆するのは 1章 Introduction、 2章 Preliminary、5章 Conclusionです。

Introductionは研究の背景や課題、先行研究などについて記述します。それに対してPreliminaryは博士論文で使用されている用語や手法の解説を記述します。Conclusionではこの博士論文の新規性、研究分野への貢献、Future Planなどを記述します。

5〜6月までに博士論文が作成できれば9月の卒業に間に合うように審査を行うことができるとのことだったので、そのようなスケジュールでゆっくりと執筆しました。

 

博士論文予備審査

博士課程で最大の難関がこの予備審査です。

予備審査とは名ばかりで実際にはここで合否がほぼ決まります。

予備審査の内容は「発表60分+質疑30-60分」でした。これは大学によってかなり変わってくると思います。

主査(指導教員)1人と副査2人の合計3人の先生方の前で発表することになります。人生で1番緊張しました。

発表のあとの質疑応答はめちゃくちゃ濃密でした。予備審査でいただいたコメントには対応して、本審査までに博士論文へ反映させる必要があります。ここで追加の実験や検証が必要になる場合もあります。

私がいただいたコメントは以下でした。

Introductionをより詳しくすること

その手法を使用した理由についてより詳しく説明すること

研究の分野における位置付けについて述べること

本研究の機械学習分野への貢献についてより詳しく述べること

おおよそ30分間で他にも様々なご質問をいただきました。特に「他の手法ではなく、この研究の手法を使用することにはどんなメリットがあるのか?」や「研究分野へどのような貢献をしたのか?」については質疑の際にかなりの時間をかけて議論させていただきました。これらについて改めて考え直すきっかけになり大変勉強になりました。

予備審査でいただいたコメントに対応したあとは、博士論文を変更した点をResponse Letterにまとめて主査と副査の先生方にお送りします。

 

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博士論文本審査(公聴会)

予備審査の1〜2ヶ月後に本審査が行われます。こちらが一般に公聴会やディフェンスと言われるもので、主査副査の先生方だけでなく一般のお客さんもいらっしゃいます。お客さんには研究室の学生の方がいらしてくださいました。

本審査の内容は「発表60分+質疑30-60分」で予備審査と同じです。

発表内容は予備審査の内容に「予備審査の際のコメントにどのように対応したか」を加えたものでした。これがめちゃくちゃ重要でスライドを数枚準備して臨むのをお勧めします。

結果は無事合格で、博士論文本文の修正もなしでOKをいただきました。

 

本審査終了後に教務の方に提出する書類もたくさんあります。製本済み博士論文、履歴書、Publication List、博士論文公開に関する同意書などです。特に製本済み博士論文は業者に依頼することになると思いますので博士論文修正後にすぐに発注するのがいいと思います。

私は日本文書(http://www.nihonbunsho.co.jp/)さんに依頼して製本していただきました。めっちゃ高級感のある仕上がりでとっても満足しています。

その他 (学会、研究発表など)

会社所属として学会には何度も参加させていただきました。CBI学会やNeurIPSなどです。

発表演題の方の論文を読んだり、ポスターセッションで議論したりするのはとてもいい刺激になりました。結果として自分の研究に活きる情報をたくさん得られたので機会があるなら学会には積極的に参加するのをお勧めします。

研究室が所属している京都大学化学研究所で開催された大学院生研究発表大会でオーラル大賞をいただいたのもとってもいい思い出になりました!このときに化学研究所の広報室の方にインタビューをしていただいて、学内誌の黄檗に記事を掲載していただきました!両親に見せたらめちゃくちゃ喜んでくれたので本当に頑張ってよかったと感じました。

博士号授与後

授与式にて学位記と修了証明書をいただいて、晴れて卒業です!

記念写真↓

 

博士号をいただくにあたってお世話になった方々(両親、祖父母、阿久津先生、副査を引き受けてくださった先生方お二人)に製本した博士論文をお贈りしました。

 

まとめ

かなり長くなってしまいましたが以上が私が経験した3年間の社会人博士課程です。正直めちゃくちゃ大変でした。でも進学したのを後悔したことは全くないですし、めちゃくちゃ勉強になって確実に研究者としてレベルアップできたと感じています!

様々な面でかなり恵まれた環境にいたためなんとか3年間で博士号を取得することができました。

阿久津先生にはセミナーの参加頻度などについて大変ご配慮いただき、業務にほとんど支障なく研究室生活を送ることができました。また、研究の方針について何度も相談に乗っていただきました。論文の修正などもお忙しい中、毎回すぐにご対応いただき本当に感謝しています。

また会社の方にもご協力いただけて、大学院でのセミナーや研究発表会などへの出席も不自由なくできました。

会社には金銭面でも多大なご支援をいただきました。授業料や入学金、投稿料などを全額負担していただけて、自分が負担したのは交通費と博士論文の製本代くらいで合計5〜6万円程度でした。200万円以上の費用をご負担いただいて感謝をしてもしきれません。

先生と会社、双方に多大なご協力をいただいたおかげで本業と博士課程の両立を達成することができました!

社会人として働きながら同時に博士課程で研究を行うのはとても大変ですが、その価値は十分にありますし、指導教員の先生から得るものはとても大きかったです。

ここまで読んでいただきありがとうございました!この記事がこれから社会人博士課程に進まれる方の一助になれば幸いです!

 

 

 

 

 

 

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